小堀城

別名-  付近住所 小野市河合中町 現在 新宮神社
2009/1/12 案内板あり


光枝氏 河合城の支城 

太閤渡し
 この渡しの名称は、天正6年(1578)、織田信長から播磨平定の命を受けた羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が、三木別所氏を攻める途中、ここで河合郷新部村の船頭、山田新介らの手を借りていかだで軍勢を渡したことにはじまると伝えられています。これに対する報奨として、秀吉は渡し舟の運行を許可し、賦役の免除の墨付(証文)をも与えています。それ以後、現在の小野市と加東郡社町を結ぶ重要な交通機関として昭和40年頃まで渡しの運行が続けられていました。